沢渡医師の説明から危険性は薄いそうで安心しましたねと、これはもっともな
意見だったが、若いのに副院長ですか、それになかなかのイケメンでと、
事件とは関係のないことを口にする。
事件現場にいた男性も気になりませんかと私へと話題が移り、
『実に明快な説明ですね。話しなれた方のようですが……』
『只者じゃないですね。近衛さんと名前がありましたね。
あの近衛さんだったりしますか?』
あの近衛さんと発言したのは、交友関係の広さから各方面に顔が利く人物と
言われているベテランの俳優だそうだ。
これは一緒に見ていた狩野が教えてくれた。
彼の疑問符に応えようと司会者が身元を調べるそぶりを見せ、
『近衛さんは……間違いないようです。
近衛ホールディングス副社長 近衛宗一郎さんです。
さすがですね、お名前でわかったんですか?』
『それもありますが、彼のお父様にお会いしたことがありまして。
面差しが良く似ていらっしゃるので、もしかしてと思いましてね』
同席しているコメンテーターがみなみな頷き、彼の交友の広さを称えていく。
それから話題はどんどん本筋からそれていき、若いタレントの一言から
とんでもない方向へと発展していったのだった。
『沢渡先生も近衛さんも独身なんですね。なんかすごくないですか。
近衛さん、女の人を 「まこと」 って呼んでましたけど、
恋人だったりします?』
『その可能性はあるかもしれませんね。
近衛さんが救出した女性は、重役秘書だそうですが、
とっさに名前を呼んだってことは、親密さの現れかもしれませんね』
「いい加減なことを言うな!」
私はテレビに向かって叫んでいた。
「感想はどうだ」
「感想だ? そんなものあるか。こんなでたらめ、誰が信じるんだ」
「でたらめでも、でっち上げでも、テレビの発言は影響力が大きい。
見た人は信じるだろうな」
「そんな……これからどうなる、俺はどうしたらいい」
「だからそれを相談しようっていうんだ。まぁ、任せてくれ。
こっちはかくまうことには慣れているからね。
これまでも代議士や大臣クラスの人物を世話したことがある」
「かくまうって、そんなに大変なことになるのか」
「そうだ。芸能記者を甘く見るなよ。彼らの取材はしつこいぞぉ」
「俺は隠すことは何もない。彼女とはなんでもない。
聞かれたらそう言えばいいじゃないか」
「そんな答えで済むと思ってるのか? 甘いね。
とりあえずだ、マンションには帰らないほうがいいだろう。
それから、会社の行き来だが平岡にやってもらえ。
彼なら上手く立ち回るだろう。それと……」
狩野の指示は細部にいきわたり、私は彼の言われるままに動くしかないことを
悟ったのだった。
その日から、私のホテル住まいが始まった。
自分のことで精一杯だった。
仕事と身辺の用心で神経がすり減っていく。
浜尾君の体調も気になったが、私が動くところには必ず記者やリポーターが
待ち構えていたため病室へ見舞うこともできずにいた。
メールで私を気遣ってくれる珠貴の心を思いやる余裕などなく、彼女が不安に
押しつぶされそうになっているとは思いもしなかった。



