真夜中のホテルの静けさは、余計な雑音に悩まされることもなく安らぎを

与えてくれた。

行き逢う人のない館内は、まるでこの世にひとりでいるのではないかと思える

静寂だった。

エレベーターを降り、廊下を部屋へと歩きながら聞こえてくるのは、

ごくわずかな空調音のみ。

敷き詰められた絨毯が、私の重い足音さえも消し去ってくれる。

騒音と人の声を一日中聞き続けてきた耳には、ここの静けさはこの上もなく

ありがたかった。


長い一日だった。

体より神経が疲れ果てていた。

足を引きずるように部屋へたどり着くと、今日出会った人々の誰よりも

会いたい人が待っていた。

おかえりなさいの声は不安げで、駆け寄った体は私に抱きしめられるのを

待っていたように胸元にしがみついてきた。



「心配した?」 そう聞くと、胸の中の頭がコクンと頷いた。



「俺は大丈夫だから」 


「本当に?」


「あぁ、このとおり元気にしている。ちょっと疲れたけどね」 


「あっ、ごめんなさい」



申し訳なさそうに体を離そうとする珠貴を、私はそれまでより強く抱き胸に

閉じ込めた。

首筋から立ち上る彼女の香りに抑えられない欲望が沸き起こる。

一日中張り詰めていた神経はもう限界に近いほど疲労しているのに、

この神経の高ぶりはどうしたことか。


戦場で戦い抜いた武将は凱旋したのち、妻や愛妾を組み敷くのだと聞いた

ことがある。

疲れ果てた体に相反するように神経の興奮は高ぶったままで、女性に挑む

ことで興奮を鎮め、それが精神の安定をもたらすのだと、

もっともらしい講釈をしてくれた友人がいた。

都合の良い解釈だと思っていたが、今の私はまさにそれに当てはまるのでは

ないか。

安心を確かめるように私の胸に預けている珠貴には、到底この心理は理解

できないだろう。

疲れた体をソファで休めながら、今日の出来事を語って聞かせるつもりだった

のに、私の心と体はそんな静かな風景とはかけ離れた状況へと向かおうとして

いた。


目の前の髪に唇をおくと、知った香りが鼻腔を通り抜けた。

耳元から指を差し入れ短い襟足をむき出しにしながら、耳朶とうなじに唇を

這わせ首筋を丹念に降りていく。

鎖骨から喉をせり上がり唇を荒く捉えた頃、私の右手は珠貴の肩を露にして

いた。

グロスが光る唇から艶やかな息が吐き出され、熱い息が私の欲望を煽り立てて

いく。

ワンピースの裾を手繰り寄せ素肌の足をなぞり、さらに手のひらを滑らせると、

その上に連なる腰へ易々とたどり着いた。


珠貴の顔にキスを繰り返しながら、秘めやかな場所を探り当てた手が戯れる。

指先を潤す音に恥じらいを見せた彼女の顔は、今まで見たどの顔よりも妖艶

だった。

その顔をずっと見ていたくて、もつれるように体を絡めたままシャワールーム

へと向かった。

どうやって服を脱いだのかまったく覚えていないのだから、そのときの私は、

彼女の体に挑むことしか考えていなかったようだ。