宗から返信があったのは、帰宅途中の信号待ちの雑踏の中だった。


バッグの中の振動に、宗からのメールだと疑いもしなかったのだから、

私の自惚れも相当なもの。


『今夜は榊ホテルに泊まる。部屋に来られるだろうか。

狩野がすべて承知している』


簡素な文章は、彼の忙しさの表れだった。

会いたいでもなく、話したいでもない。 

取りようによっては、会いたいなら部屋に来いと言っている様でもあり、

会いに来てほしいともとれる。

宗に会えるのならどちらでもいい。

会って、触れて、抱きしめられるのなら……

私の不安な気持ちを落ち着かせてほしかった。





狩野さんの話によると、宗の忙しさは相当なもので、私の想像をはるかに

超えていた。

ここに来るのは12時を過ぎるはずですよと、気の毒そうな顔をした。



「かなりの刺激臭だったようですが、近衛自身はなんともなかったそうです。 

だけど、現場に居合わせたことで事情聴取に借り出されて、

各関係部署の担当者に繰り返し説明したらしいです。

まったくお役所仕事ってのは、これだから困るんだって、

電話の向こうで怒鳴ってましたよ」


「そうでしょうね。管轄が違いますから、説明も繰り返しになるのでしょう」


「えぇ、おまけにほら、記者会見なんぞに出たでしょう。

取引先やら関連会社やらから問い合わせが殺到して、 

その対応もあるんでしょう。

そっちに行くのは日付が変わるかもしれない。

もうヘトヘトだって言いながら、彼女がきたらすぐに教えてくれって

言うんですから、最後はノロケですよ」



そういうわけですから気長に待ってくださいねと、私を部屋に案内すると

狩野さんは真夜中の業務に戻っていった。

多忙な一日を過ごした彼は、疲労も限界に達しているはず。

それでも私に会おうとしてくれている。

大変な事件に遭遇して非常時を体験したあとなのに、私に会おうとしてくれて

いる。

被害にあった方も大勢いたというのに、私は不謹慎にも喜びで胸が高鳴って

いた。



自分の部屋であるのに、私に知らせようとしたのかノックの音がした。

返事を待たずにドアが開かれ、待ちわびた姿が目の前に現れた。



「遅くなった。待たせたね」


「おかえりなさい……」



伝えたいことはたくさんあったのに、おかえりなさいの一言を言うのが精一杯

だった。

駆け寄って宗の腕に飛び込んだ。

彼の腕が私の背中を包み込む。

それまでの不安がすべて溶けていく思いがした。