母は返答に困ったのか、えぇ……と曖昧な返事をしただけで黙り込んでし
まった。
父は呆れた顔で立ち尽くし、早くもこの場から離れたいと苦々しい顔に書いて
ある。
部屋の隅に立っている狩野さんの顔を盗み見ると、彼の頬も微妙に震えて
いた。
内藤夫人が熱弁をふるうほどに、狩野さんの頬が小刻みに震え、唇を必死に結
んでいる。
常識的な人にとって、誰かの 「お告げ」 をそのまま信じるなど滑稽にしか
思えない。
”数百年に一度のご縁” などといわれ、胡散臭いと思うことはあっても、
まともに信じる人がいることが驚きだった。
有能なホテルマンでも、笑いをこらえるのは大変な忍耐を伴うのだろう。
私だって笑い飛ばしたいのを我慢しているのだ、占いによって人生を決めるな
んて冗談じゃない。
指定の時刻ぴったりに到着した白洲さんは、目にも鮮やかなネクタイを締めて
いた。
ネクタイの色も、賢者さまの ”お告げ” に従ったのだろうか。
彼のひょろっとした顔には、とても不似合いだった。
劇場で隣り合った婦人は、白州さんのお母さまだった。
私を見たときの驚き具合から、お母さまは何も知らず劇場で私に会ったのだろ
うが、画策したのは白州さんに違いなかった。
「お二人はお知り合いでしたか」 などと言いながら、私とお母さまの驚く顔
を満足そうに眺めていたのだから。
終止白洲家側に仕切られた席は、予定通りにはじまり予定通りに終了した。
午後の三時を過ぎると運気が傾くそうで、立ち去りがたそうにしている明人さ
んをご両親がしきりに促している。
「もっとお話をしたいのですが、両親が先を急ぎますのでこれで失礼します。
できればまたお会いしたいのですが、来週末、いかがですか」
「残念ですが、予定がありまして」
「短い時間でもかまいません」
きっと、白洲家お抱えの賢者さまが 「来週末、彼女に会いなさい」 とでも
言ったのだろう。
明人さんは、ぜひ逢いたいと食い下がってきたが 「友人の結婚のお祝いの会
がありますので」 遠出をすると伝えると、それでは仕方ありませんねとよう
やく諦めてくれたのだった。



