見合いの席は、何もかもが白洲さん側によって用意されていたが、場所が宗の

親友である狩野さんが副支配人を務める 『榊ホテル東京』 と聞き、宗が密

かに手を回したのかと思った。

白洲家側の強引なセッティングに、当初気乗りしていた母も眉をひそめてい

たが、案内された部屋に狩野さんの姿が見えると安心したようだ。

「その節はお世話になりました」 と両親の心からの挨拶があった。

去年の事件で、私が軟禁されたホテルを突き止め、救出に力を貸してくださっ

た狩野さんは、両親にとって 「お世話になった方 信頼のおける方」 

だった。

この席に狩野さんがスタッフとして同席してくださっている、それだけで強力

な味方を得た気分だったのだろう。

母が狩野さんに 「白洲さまはどのような方でしょう。

狩野さんはなにかご存知ではありませんか」 と聞いたのには少々驚いた。

ホテルマンなら、客のプライバシーは口にしないはずだが…… 

狩野さんから 「お客様のことをこのように申し上げるのは、大変失礼ではご

ざいますが」 と前置きがあり 

「なんと申しますか……白洲さまは少々難しいお方のようです。

お父さまのおっしゃることが絶対であると、 

ご家族の方がおっしゃっておられましたが」 と母に耳打ちしたのが聞こえて

きた。


これは、やはり宗が関わっているのではないか、そう思った私は、狩野さんの

そばに近づき 

「今日はお世話になります。彼から何かお聞きになりましたか?」 

とささやくと、 

「シロナガスクジラ氏のお顔を拝見したくて、担当を引き受けました」 

と楽しい返事があり、つづいて

「彼から伝言です。必要以上に話をしないことだそうです。

だまっているだけで、相手が見えてくるからと……」

伝えられた言葉は謎かけのようだった。 





この日にこだわったのは、明人さんのお父さまが信頼を寄せている方の見立て

によるものだったそうですよ、とは、今日のために仲立ちをしてくださった

内藤夫人の言葉だった。

昔から白洲家では 「賢者」 と呼ばれる人の言葉を頼りにして、さまざまな

決め事を取り決め従ってきたそうだ。

内藤夫人本人も、白洲家の賢者さまを信心しているらしく、熱心な口ぶり

だった。



「お日にちもそうですが、お会いになる場所の方角も重要なのですって。

こちらのホテルは、賢者さまのおっしゃる方角にございましてね、

ご家族のみなさまお喜びでしたわ」


「まぁ、そのような方がいらっしゃいますの」


「賢者さまがおっしゃるには、珠貴さんが持っていらっしゃる運命が、

明人さんとぴたりと重なっているそうですの。

このご縁は数百年に一度、あるかないかの強いものだとか。

私もお聞きして喜びに震えましたのよ。 

このような素晴らしい良縁のお引き合わせの場に立ち会える幸せは、

そうございませんもの」



まさか賢者さまの思し召しだったとは……