そして、私は今日この場にいる。

迷いに迷ったが、劇場に足を運んだのは正解だった。

評判にたがわぬ舞台に引き込まれ、二幕への期待はさらに高まっていた。


ロビーでは企業とのタイアップのワインサービスがあり、観客にグラスワイン

が振舞われている。

女性向けの甘口のワインですと勧められ、差し出されたトレーからグラスを

とった。

隣りに居合わせた人とグラスを傾け、顔を見合わせて、互いに あら……と同

じく声がでた。

劇場内で右隣りに座っていた女性だった。
 
和服をすきなく着こなし、背筋をのばして舞台に見入る姿が印象的だったが、

そんなにかしこまっていては、三時間の上演を見終わる頃には疲れてしまうの

ではないかと、人ごとながら心配していたのだった。



「幕間に、ワインをいただくのもよろしゅうございますね」


「海外の劇場では、みなさま気軽に召し上がっていらっしゃいます」


「まぁ、そうですの。オペラはよく?」


「はい、時間の許す限り通っています。

全部のステージを観たいところですが、なかなかそうもいかなくて」


「私は初めてですのよ。息子に一度観た方がいいと勧められましてね。 

今日はちょうどお日にちが良くて、思い切って出て参りました」



おっとりとした話し振りは優雅さを兼ね備え、およそ急ぐことなどないのでは

ないかと思われるゆるやかな所作は、育ちと暮らしぶりの余裕をあらわし、

世の中のせわしさとは無縁の世界で過ごしているような方だった。

それでも、私たちにはうかがい知れない束縛があるのだろう。

時間を見つけて劇場に通い、オペラや映画は一人で鑑賞することが多いと伝え

ると、和服の婦人は 「まぁ、ご自分でご自由に?」 と驚かれた様子だった。 



「あなたのように、ご自分でお決めになって、

ご自身の判断で動かれる方もいらっしゃるのね。

私は言われるままに過ごしてまいりました。

それが当たり前だと思っておりましたから」


 
眩しそうに私を見つめた目が印象に残った婦人と、ふたたび会うことになろう

とは……