一幕目が終わり、幕間の休憩時間に入ると、観客席はいっせいにざわめきに包

まれた。

立つ人がほとんどで、人の波がロビーへと続いている。

混雑がおさまるのを待ちゆっくりと立ち上がった。

彼と過ごすはずだった日曜の昼、私は一人で劇場にいた。


急な予定変更はやはり無理があったのか、なんとかするよと言っていた日曜

日に、はずせない仕事が入ったと宗から電話をもらったのは、昨日の昼過ぎ

だった。

元はといえば私が無理を言って約束の日を変えてもらったのだから、彼が謝る

ことはないのに、すまない……と気落ちした声だった。



『突然の出来事に予定を阻まれます』

また、あの占いが当たった。

今月は運勢に翻弄されているわね……私らしくない後ろ向きな思いに包ま

れた。

部屋の奥では母が電話の最中らし、少しばかり気取った声が聞こえていた。

「さようでございますか。まぁ、それは……ご丁寧にありがとうございます」 

と、やけにへりくだっているが嬉しそうだ。

気取ったままの電話がおわったと思ったら、声高な母の声に呼ばれた。



「オペラのチケットをいただいたのよ。あなた好きでしょう」


「好きだけど……どうしたの」


「あちらが急な御用事でいけなくなったんですって。

珠貴さんはオペラがお好きだと伺ったのでと、わざわざお電話を下さったの」


「あちらって、どなた?」


「あら、ごめんなさい。明人さんよ、白洲明人さん。

明日ですが、よろしければとおっしゃってね。 

あなた、明日の予定がなくなったと言ってたじゃない。

せっかくのお誘いですもの、ありがたくお受けしましたよ」


「待って、勝手にお返事しないで」


「そういわれても、もうお返事しちゃったわよ。

行く行かないは、あなたにお任せしますって。 

どうちらにしてもチケットが無駄になりますから、

どうぞご自由にお使いくださいって、そうおっしゃるんですもの」



演目を聞くと、私が観たいと思っていた舞台だった。

著名な海外の演出家が初めて日本で公演するもので、前評判が高くチケットの

購入が困難といわれるものだった。

舞台は観たい、けれど、ここで了解しては、白洲さんのお話を快く思っている

と受け取られかねない。

あぁ どうしよう……

頭の中で天秤が揺れていた。

行くと決めたのは、席がS席だと聞いたから。

煩悩に負けたと認めたくはないが、手に入りにくい公演のS席は魅力的

だった。