「彼はなんと言っている」


「……これは運命だ。僕の心を受け取って欲しいと……」



突き刺さるような目でリカルドを睨みつけながら立ち上がり、私の手をつかむと

乱暴に引っ張り歩き出した。

無言のまま部屋を出ようとする私たちの背中に 「近衛、帰るなら挨拶くらいし

ろよ」 と狩野さんから声がかけられ、足が止まった。



「ふふっ、よく我慢したな。近衛が立ち上がったとき、彼につかみ掛かるのかと

思ったよ。学生の頃は、もっと気が短かったからなぁ」


「そうそう。あの頃の先輩なら、とっくに襟首をつかんでますね」


「どんなときでも表情ひとつ変えない。近衛宗一郎は、鋼鉄の微笑の持ち主です

からね。でも、珠貴さんのこととなると、そうでもないみたいですよ。僕も殴ら

れそうになった経験がありますから」


「思い出しました! 珠貴さんに社長入院の電話があったときがそうでしたね。 

近衛君は、櫻井さんにつかみかかりそうな勢いだった……これは余計なことだっ

たかな」


「僕は近衛さんの穏やかな顔しか知らないから意外だな。同席した記者会見も見

事な対応でしたから、いつも冷静な方だとばかり思っていましたが、珠貴さんの

こととなると冷静でいられないようだ」



「立ち止まってないで早く行け」 と狩野さんが私たちに声をかけると、「明後

日の夜までに戻ってくればいい。珠貴はここにいることにしておくよ」 の知弘

さんの声に歓声と拍手があり、それを合図に宗は私を連れて部屋から走りだ

した。







「どこにいくの?」


「わからない」


「決めてないの?」


「予約したホテルで、明日の晩、あいつのディナーショーがあるのがわかった

から、さっきキャンセルした」


「あいつって……リカルドさん」


「その名前は聞きたくない!」



吐き捨てるように宗が言い、アクセルを乱暴に踏み込んだ。

二日間の荷物だけ持って宗についてきた。

行くあてのない旅に出た私たちは、休憩のために止まった埠頭で朝を迎えた。



「運転、疲れたでしょう」


「そうでもないよ……あいつからできるだけ離れて遠くに行きたかったからね」


「ふふっ、まだ言ってる……クリスマスの朝を海岸で迎えるとは思わなかった」


「まったくだ。それにしても冷えるな」



コートに包んだ私を抱きしめ、互いの体温を伝え寒さをしのいだ。



「プレゼントを用意してたのに、置いてきてしまった」



あとで必ず渡す、これは約束のサインだといいながら私の唇に触れてきた。

冷えきった唇が、次第に温かみを取り戻していく。



「宗……」


「うん?」


「愛してるわ」


「知ってるよ」



当然だと言わんばかりの返事だったが、宗の頬が緩やかに動いたのを私は見

逃さなかった。

明日の夜まで彼と一緒の時間を過ごす。

そのあとも、これから先もずっと、彼と過ごせますように……

海の上に姿を見せた朝日に祈りを込めた。