別に、悪いことをしに行くわけでもないのに、忍び足で階段を上った。
目指すのはお母さんがいるであろう寝室。

この時間帯は寝ていることが多い。

じゃなきゃ電話。

夕飯は万由子さんが作ってくれるし、見るテレビが特にないときは、決まって部屋に閉じこもっている。

母親としてどうかとは思うけど、実際、ごはんも万由子さんが作ったほうがおいしいし、洗濯物もきれいだし。

私同様、根っからの箱入り娘だったお母さんは『家事』というもののやりかたを知らない。

まぁ、別に困ることもないからいいんだけど。



―――――コンコン、

「はぁい。どうぞぉ~」

間延びした声から、機嫌が悪くないことを悟ることができたので、私は意を決して部屋に踏み入れた。

「お母さん?」

「あらぁ、陽じゃないの、万由子さんかとおもったのにぃ。」

年甲斐もなく、頬をぷくーっとふくらませる。

なんだ。娘じゃ不満か。

「万由子さんじゃなくて悪かったわね。」

「誰もそんなこと言ってないでしょう?」

お母さんは分厚いハードカバーの本をたたんで、ベッドに座りなおした。

「で、どうしたのぉ?」

「…。」

私はたっぷりと間をおいて、できるだけ真剣な目をしてお母さんに向き直った。