雫が、いなくなっているのに気付いたのは


明け方だった。


腕の中に彼女の温もりがないことに気付き、


ベッドから飛び起きると、机の上にメモが残されていた。


そこには小さな文字で「バイバイ」とだけ書かれていた。




 走った。




まだ薄暗い町の中を、全力疾走した。



息が上がるのも、足がもつれるのも気にならなかった。



どうして眠ってしまったんだろう。


どうして気付かなかったんだろう。


どうして雫を救えたような気でいたんだろう。


頭の中に浮かぶ沢山の「どうして?」を振りきりながら、海を目指す。



雫の行く場所。


雫が死ぬために選ぶ場所。


雫が一番好きな場所。


家族で行った思い出の場所。


そんな所、あそこしかない。



 灯台公園に着くと、遠くからがきん、がきんと鈍い音が響いてきた。


音のするの方を見ると、


雫が灯台の入り口につけられている古い南京錠を石で叩き壊していた。



彼女の名前を叫ぶと、


慌てた様子で何度も石を力任せに打ち付ける。


すると、お情け程度で付けられている鍵は簡単に破壊され、


開いた扉の中に、小さな身体を滑り込ませる。



慌てて、追いかけて灯台の中に入り、彼女の名前を叫ぶ。



かんかんかんかん。


ミュールを履いた足で螺旋階段を駆け上っていく音が、


白い壁の中を反響して響き渡る。


その足音を追いかけ、駆け上がる。


時折、雫のワンピースの裾が見え隠れするものの、


掴めそうで掴めない。