宗太の家は、僕の実家のすぐ近くにある。


実家には帰らず、まっすぐ彼の家に向かった。


家に帰ったら、もう、行けない様な気がした。



「いらっしゃい。来てくれてありがとうね。」


チャイムを鳴らすと、すぐにおばさんが出てきた。


二年ぶりに会った彼女は、少し痩せていた。


病院ではかわいそうな位に、取り乱していたことを思い出す。


「なんだか、ずいぶん大きくなったわねぇ。」


リビングに通されると、おばさんがお茶と一緒に一冊のマンガ本を持ってきた。


それには、見覚えがあった。


二年前、宗太に貸した物だ。


「これ、ひろちゃんのでしょう? 」


それを、手に取り頷くと、おばさんが、


「長いこと借りちゃってごめんね。その中に入ってたのよ。これ。」


と、黄ばんだ封筒を渡してくれた。


「読んであげて。」


緊張しながら、便箋を開く。



 そこには、懐かしい宗太の字が並んでいた。


几帳面な、角張った文字。


一文字一文字を、ゆっくり目で追う。


最後は、涙が溢れて読めなかった。



 嗚咽を漏らす僕の手を、おばさんが暖かい手で包んでくれる。



「ありがとう。ありがとうね、今日は来てくれて。」


宗太は、あの日僕にこれを渡したかったんだ。


もしかしたら、これから自分がしようとしていることを、


止めてもらいたかったのかもしれない。


その時の、宗太の心中を思うと、涙が止まらなかった。


「あの頃、宗太の様子がおかしいって、わかってたの。


だけど私、きっと反抗期だろうって勘違いして。


あの子の笑顔を随分見ないなって思ってたのに。


追い詰めてしまった。」


おばさんも目に涙を貯めて、


それをこぼさない様に必死で耐えているのがわかった。


「でもね、あの子、今は笑ってくれるのよ。


たくさん。ご飯がおいしいって笑って。


お父さんの顔がおもしろいって笑って。


だから、おばさん、生きていけるの。」


僕の肩を抱くと、おばさんも泣いた。


「ひろちゃん。


宗太は自分で、もう子供のままで生きるって決めたのよ。


辛い思いして、悲しい思いたくさんして。


もう、これ以上は嫌な思いしないようにって。


自分で決めたの。


これが正しかったのかは誰にもわからないけど。


でも、私は宗太をずっと守っていく。


だから、


ひろちゃんは、ちゃんと生きて大人にならなきゃだめ。」



 二人で泣いて泣いて、声が枯れた。


夕方になって、部屋が薄暗くなっても電気すら付けなかった。






 帰りに、宗太の部屋をのぞいた。


宗太は、僕を見ると「ああー。」と大声で叫び手を振ってくれた。




宗太、助けられなくて本当にごめん。



だけど生きててくれてありがとう。



僕は・・・


「ちゃんと生きて、」



「大人になる・・・」


特急の中で、窓に映る自分に向かって呟いてみる。