彼女のすべてを知らないけれど


「湊。私はイレギュラーな存在よ。でもね、間違いなくあなたを愛しているわ。消えても、ずっと……」

彼女が初めて俺の名前を読んでくれた。とても嬉しかった。

嬉しかったのに、しとしと降り注ぐ霧雨みたいに彼女の言葉は静かな痛みをこの胸に落とした――。



それから俺は高熱で倒れたらしく、意識を失ってしまった。

もっとウィンクルムと話をしたかったのに、それすらできずに……。


寝ている間、ウィンクルムがずっと手をにぎっていてくれた。とてもあたたかくて安心できる、永遠にも思える時間だった。

途中、大学帰りの然がお見舞いにきて色々してくれていたみたいだけど、彼に何を話しかけられたのか記憶にない。そうとうひどい風邪だったんだ。

結局、俺は一週間も寝込んでしまっていた。

エアコンのタイマーが切れたのか、じっとり暑い空気のせいで目が覚めた。

熱は完全に引いている……。

窓からさすカーテン越しの西日がやけにまぶしく感じた。

体を起こすと、半分以上乾いたおしぼりが床に落ちた。

ウィンクルムはどこに行ったんだろう?

だるい体をのっそり立たせ、ダイニングに向かう。

まるで一年以上無人だったかのように生活感のない流し台。皿は綺麗に棚の中にしまわれ、ガラガラの冷蔵庫にはスポーツドリンクと桃の缶詰めしか入っていなかった。

「ウィンクルム……!」

玄関から彼女の靴が無くなっている。出掛けたんじゃない。ウィンクルムはこの世界から消えたんだ。

そう思う理由はひとつ。外出の時は必ず持ち歩く彼女専用の合鍵が残されたままになっているからだ。

もしかしたら、パソコンに何かメッセージを残してくれているかもしれない。そう思いパソコンをくまなく見たけど、この前まで残っていたウィンクルムの閲覧履歴は一切残っていなかった。