ぽつん、と喋ってまただんまりで、少しの時間が過ぎた頃。

 課長は。

「なんだか余計なことを喋り過ぎた。

 なんだろう、すごく話しやすいな、美作。」

 にゃ。

 わたしが惚れた独特の笑みで、照れながらそう言った。

 ベラベラ喋っちゃったのはお酒もあるでしょう。

 いつだって初対面の相手がひどく気安くなるものだから、わたしとしては慣れっこだ。


「わたしもねー、課長。」

 気安くなっちゃってもいいんじゃないかな、そう思った。

 話せば恥になっちゃうような事でも、胸に仕舞いこんでおくのは重たい。

 祐介の、嫌そうに眉を顰めた顔が浮かんで、一瞬だけ躊躇した。

 いやいや。

 恥になるよーな事をしてるアナタが悪いんであって、それを外に出さずにいて欲しいなら、そっちが改めるべきだ。

 思い直して、課長に向き合う。

「カレシが浮気性で苦労してるんですよー、ホント。」

「へぇ。……いや、男いたのか、なんだ。」

 がっかりした顔とか、アナタはいったい何を期待していたんだ。

 そしたら、ふっと、気が付いてしまった。


 あれ? もしかして、コナ掛けたつもりだったとか?

 奥さんのことなんか話すから、こっちには全然その気がないのかと思いました。課長。

 口を尖らせて、拗ねた顔で、水割りをちびちびと舐めはじめた隣の浴衣男を盗み見た。

 あれこれと考えるところがあるのは、わたしも、課長も、同じだったんだ。

 わたしは浮気なカレシに当てつけるような恋の誘惑に戸惑っている。

 課長は思い通りにいかない人生設計を投げたくなって伸るか反るかで迷っている。


「課長、確か結婚三年目の新婚さんじゃなかったですか?」

「三年経った夫婦捕まえて新婚とか言ってるようじゃ世間に通用しないぞ、美作。」

「経理の安田課長は四年目ですけど。」

 社内でも浮かれまくりな某人物を思い出して、課長は頭を抱えた。

「あれは……その、例外というのは目立つせいで実際より多く見えるケースがあるっていう実例だ。」

「はぁ。わたしもアレが普通とは思ってませんよ、さすがに。」

 互いに、思惑とはまるで逸れたところの、たあいない会話だった。

 まだキッカケがあればと、片隅では期待していた。

 期待そのものは、楽しかった。