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早くも、丘ヶ浦高等学校(おかがうらこうとうがっこう)に入学してから一週間。


橘 真子(たちばな まこ)は、放課後すぐに、部室へと向かった。


勢いよくドアを開け、
「こんにちはー。」
とあいさつ。



「橘さん!こんにちはー。」
「こんにちは。」
「やっほー」
「真子ちゃーん!」

と沢山の先輩や同級生が返してくれた。
でも、その声はほとんど真子の耳に入っていなかった。


「真子ちゃん、今日は遅かったね」

その、澄んだ声だけがしっかりと耳に入っていた。

この声の持ち主、綾瀬 翠に真子は恋をしている。



「国語の先生に、呼び出されてたんです」

「ああ、あの先生、面倒だよね。
なんかしたの?」

「授業で寝てたので、罰としてプリントやらされました」



この、何気ないやり取りが毎日に花を咲かせていた。


「俺も国語の授業は寝てたよ」


「綾瀬先輩もですか?」


「うん。まあね。
あと真子ちゃん、翠って呼んでっていったよね」



綾瀬は、ほとんど下の名前で呼ばれている。「翠」だったり、「翠先輩」だったり。

本人が翠と書いて「すい」と読む名前が、気に入っているらしい。




「あっ、すいません、翠先輩ですね」

「謝らなくていいよ」


綾瀬は三年生で組まれたバント、「blue」のボーカルだ。
地声は少し低め。でも、澄んでいて綺麗。

歌声は、もっともっと澄んでいて、高め。
聴いていて心地いい、優しい声だ。



ルックスもいいし、モテそうなのだが、変わり者として有名でもある。



人としての常識はあるのだが、ものを見る視点がどこか他人とは違う。


髪は校則で禁止されている茶。
一時期は紫だったらしいが、驚くほど不評で、三日で今の茶髪に染め直したらしい。


茶髪でもチャラい感じがしなくて、すっごい似合っている。