那智はゴクリと唾を呑み込んだ。



「俺はどうすればいい?」



それは疑問に形を変えた、那智の決意。

那智の言葉を聞くと、猫の口を縫っていた糸が一本、ピンとはじけた。



(笑おうとしたのだろう、きっと)


猫の体が、クイーンと同じくブレ始める



すると、いきなり猫がバスタブのフタをまくって、中へスルリと頭から入っていった。



「お……おい!?」


チェシャ猫ほどの巨体が入ればすぐさま底に頭をぶつけるものだと思い、那智は肩眉をひそめたが……ゴンという鈍い音はいつまで経っても聞こえなかった。



「呼吸はまだ続くかい?」



猫のくぐもった声が聞こえた。

そう言えば、なんだか息苦しくなってきた気がする。
色彩とともに酸素も消えていっているのだろう。



「ああ」


「なら、ついておいで」


ケケケ、と猫が甲高く笑った。



那智は猫が滑り込んだバスタブの中を覗き込む。


あるべきはずの底はなく、存在していたのは奇怪な音を立てて逆巻く紫色の渦。



「…このフロっ……帰ってくるまでには直るんだろうなあ…ッ…!?」



(やるしか、ない)



もう殆ど存在しない酸素を限界まで吸い込んで、那智は渦へと飛びこんだ。


意識が途切れる一瞬手前、猫の心底楽しそうな声がぼんやりと聞こえた。



「さあ、世界を取り戻しに行こうか」



視界が暗くなる。
手足がしびれる。


まっさかさまに、落ちていく……。