林の中は、やはり暗い。
空から降る月明かりだけが頼りだ。
地面は古い落ち葉が覆いつくし、絨毯のようにフカフカしている。
怖くはなかった。
子供の頃からあまり外に出られなかったからか、不思議で幻想的な場所に思える。
夢の中みたいだ。
「――!」
木々の隙間に、ちらりと何かが見えた。
なんだろう?
目を凝らしたわたしに見えたのは、猫ではなく――人間の姿だった。
「あ…」
わたしは太い木の影に隠れた。
鼓動が急激に速くなる。
わたしはあの人を知っている。
柔らかな癖のある茶色い髪、銀縁の眼鏡、その奥の目尻に刻まれた薄いシワ。
見間違えるはずがない。
――日宇良さん、だ。
