吸血鬼の眠る部屋

 


「やっと起きたか」


「――――!?」


今度こそ本当に、知らない男の人の声がした。


月の光が届かない部屋の隅で、闇がのそりとうごめく。


「だ、だれ……?」


恐怖で声が震えた。


カタンと音がして、闇の中の何かが一歩こちらに踏み出す。


「来ないで…っ」


起き上がろうとしたけれど、寝起きの貧弱な体には上手く力が入らない。


わたしの焦りを嘲笑うように、もう一歩、何かが近づいた。




そしてわたしは息を飲む。


窓からの月明かりで照らし出されたそれは、人間の青年の姿をしていた。


艶のある漆黒のショートヘアに、整った目鼻立ちの顔。


身につけたシンプルなTシャツと細身のデニムは、どちらも闇の色をしている。


悪魔の王子様が、物語の中から目の前に現れたようだった。




「お前を迎えにきた」


長い睫毛に縁取られた涼しげな瞳が、わたしを見つめた。


「迎えに…?」


「ああ」


青年の長い腕がこちらに伸ばされる。


わたしは咄嗟に身を縮ませて、目を固く閉じた。