『雀…』
教室の扉の前に翔が立っており、右手には雀の鞄を手にしていた。
『担任から伝言。雀の母さんがリハビリがあるから早退しろだとよ』
『そっか…うん、わかった。ありがとう』
鞄を受けとると突然、翔が雀の頭に手を置き髪をくしゃくしゃに撫でた。
『無理すんなよ』
そう言う翔の瞳はどこか苦しそうで、雀は『大丈夫だよ』と、作り笑いを向けると病院へと向かった。


『篠宮 雀くん、診察室2番にお入りください』
リハビリが終わり病院の受付にて待っているとアナウンスがかかり、雀は診察室へと入った。

中には焦げ茶色の髪を1つに束ねた30代前半の女性が座っていた。
銀縁のメガネ越しに雀に視線を向けると柔らかな笑みを浮かべ、座るように促す。
彼女の名前は『設楽 彩子(シタラ アヤコ)』
この病院の外科医の1人で脳外科を担当している。
ちなみに雀の母親の妹…つまり雀の叔母である。
『雀くん、リハビリの調子は?』
カルテを取り出してはシャーペンをカチカチと鳴らし、雀に向かい合う。
『えっと…リハビリでも、まだ右手が思うように動かなくて…しばらくは利き手を左にしなきゃ生活出来ないみたい』
そう頭をかいては苦笑いを浮かべる。
『そう…骨もしっかりしてきたし腕曲げもなかなか出来てるみたいね。180度曲がれればリハビリは卒業って、担当の野澤さんも言ってたからあと少し頑張ってね』
そう彩子はカルテにいろいろ書き込みながら言うと、彼女の目つきが真剣となり別の用紙を取り出した。
『さて…今日の朝はなにを食べた?』
『えっと……白米と…お味噌汁』
ゆっくりと時間をかけながら雀は答えていく。
『担任の先生の名前は?』
『……わかんない』
『今日のリハビリの担任の先生の名前は?』
『の…野島さん…?』
質問内容は至って簡単ですぐ思い出せそうなものばかりであった。
しかし雀は、質問の15問中8問を答えられなかったり間違えていた。


雀は、事故の後遺症により記憶力が低下していたのだった。