「そ、それじゃ俺もう戻るな?」
「そ、そうですか。引き止めてすみません」
 二人の間に妙な空気が流れる。
「いや、気にすんな。薫さんこそ風邪ひく前に部屋に戻った方がいいよ」
 司は後ろ手に手を振り薫と別れた。
 自分の部屋に戻った司は風呂の時間まで実家への報告書を書いていた。
「はあ〜。めんどくさ」
 報告書と言っても書く事などほとんどない。
 セレスティア学園の入学に関しては、叔母と父親で決めたようなものなのだ。つまり全ては承知済みと言う事になる。
「まさかプライベートの事を書くわけにもいかんし………あ〜もっ! ………………気分転換しよっと」
 重い足取りで部屋を出て談話室にあるバルコニーへと向かう。時間も時間なだけに談話室には生徒がほとんどいなかった。
 ドアを開けバルコニーに出ると、そこにはすでに先客がいた。
「どちら様かな? ごめんね。もう少ししたら出てくから」
 その先客は確かに司を見ていたが、その瞳には司が写っていなかった。
「あれ? えっと怒ってたりする? だったらすぐ出てくけど………」
 その声には戸惑いの色が見える。
 どうやらこちらが返事をしなかったために、不安になったのだろう。
「あ〜気にしなくていいよ。ただの気晴らしに来ただけだから」
「あれ? 男の子の声? ……あ〜そっか。確か今年は一人だけ男の子がいたもんね」
「ああ。そうだ。名前は」
「あぁ! 待って! 今思い出すから」
 司の言葉を遮り考える事数十秒。
「分かった! 御影司君だね?」
「ご名答」
「やったね♪」
 無邪気に喜んでいる女の子を見て司は思わず苦笑する。
「おっと。まだ自己紹介してなかったね。わたしは二年の江崎刻羽だよ。よろしくね? 司君」
「こちらこそ江崎先輩」
 司が返事を返すもなぜか刻羽は不機嫌そうな表情を見せていた。
「な〜んか他人行儀な感じだなぁ。わたしの事は刻羽さんって呼んでいいよ」
「はぁ。じゃあ刻羽さん」
「……………」
 何かを吟味するかのように、刻羽は黙り込む。
「……………うん。これならオッケーだね」
 どうやら納得したらしく、笑顔で頷いていた。