奇人変人超人の巣窟たる明閑高校は、校則こそ存在するものの、実際そんなものはあってないようなものだ。例えば制服。指定されたものを指定された通りに着用する、それを体現している生徒が果たして何人居るのだろう。答えはほんの一握り、いや一つまみ。

だからそこの渡り廊下で、左右両側の目を眼帯で隠した女子生徒が黄昏ているとしても、特に驚く必要はない。変わった装飾品を付けた生徒なら、この学校にはラグビー部が三つも四つも創れる程居るのだ。



【顔のない祈り】



久々に両目の眼帯を外して中庭を見下ろし、少女――蓮夏は、堪らず顔を顰めた。視界が、糸だらけなのだ。ただの糸ではない、所謂“運命の赤い糸”という奴で。

長短様々なそれらは複雑に入り組み絡み合っていた。人目も憚らずいちゃついている男女の糸がそれぞれ全く別の奴の薬指に繋がっていたりもするし、少女が望めばそれを更に別の相手に結び付ける事さえ可能なのだ。

その一方で、彼女の脳裏には赤い糸に首を絞められる自分が浮かんでは消えを繰り返す。

大いなる力には責任が付いて回る、と何かの映画の台詞にあったが、彼女が恐怖におののくのは正にその能力故だった。行使する気のない能力ならば尚更だ。

柔らかな髪を抱くこの北風が、全部攫ってくれたら。そんな儚い願いは容易く裏切られる。

途端に世界は重力を忘れる。枠にはまった硝子板が、ざらざらした木のベンチが、五点の答案で誰かが折った紙飛行機が、咲いてもいない桜の花弁が、己という存在が、全てが宙を漂い始める。

幻想と現の区別など、疾うになくした。“変わった子”なんて言われるのにも慣れた。

空には気味の悪い雲が蓋をしている。だというのに、眩しくて仕方がなかった。

吐き気に襲われ、少女はまた、眼帯をした。世界は白一色になったが、不快感の波は引く。赤一色よりはずっとましだ。

胃からせり上がって来るものも、燃える色の糸屑に違いない。



耳を澄ませば、どこからかピアノの音色が聞こえてきた。優しいのに容赦なく胸を抉る、そんな響きだった。

例えば己の赤い糸の先には、この音を奏でる人物が居るかもしれない。

世界の終わりが産声を上げても尚この視界から赤色が消える事はないのかと、ふとそんな風に思って、眼帯少女は溢れる涙に溺れた。