【主人公】



彼女には、あの人のような幻想的な言葉を紡ぐなんて出来ない。あの人のような哲学的な台詞を綴る事も出来ない。

彼女は作家であった。否、作家である。

しかし、いつまで経っても彼女の本は白紙のままで、彼女のペンは動かなかった。春が過ぎ緑が輝いても、澄んだ寒気に満天の星が瞬いても、それでも頁は埋まらず、時の移ろいだけが彼女を残し去って行く。

結局、彼女は物語を完結させる事なくペンを置いた。

そして一人の作家は、自身のこよなく愛する者の手によって、永久に夢幻を彷徨ったという。