「まさか。納得してるよ、全部」
虚言など通じる訳がない、だって“私”だ。分かっていた。
それでも私が虚勢を張ったのは、自分を騙して生きるのに慣れ過ぎたせいか。己すら誤魔化し続ける事が出来る筈と、陶酔していたのかも知れない。
「嘘だ。だってお前はいつもいつも、怖くて怖くて震えているだけの臆病者だもの。膝を抱えて隠れながら、聖女気取りで祈る卑怯者だもの」
女は赤い唇を歪めた。得意そうに、愉快そうに。にやにや、にやにや、にやにや。
アイスグリーンの中で、唇だけが鮮やかな色をしている。
嗚呼、この手に一本のナイフがあったなら、己を突き刺してやるのに。一丁の拳銃があったなら、額に綺麗な風穴を開けてやるのに。
「“納得”って言葉だって、そうだ。“満足”にならないはさあ、望んだ結果じゃあない、って事だろう?」
「だって――だって、それが他人の中で生きるって事でしょ。妥協とか、そういう逃げ道がなかったら、思想は戦いになるじゃない」
「ふーん、成る程成る程ー。けど、そういうのが一番狡いんだ。どっち付かずの灰色女め」
尚も女は嘲笑していた。
空も大地もないのに、天から落ちる雫が足元に波紋を生んでは碧へと飲み込まれてゆく。穏やかな波同士が静かにぶつかる。
そうだ、私は狡い。
虎となった李徴と同じだ。臆病な自尊心と尊大な羞恥心の間を力なくたゆたう、傲慢で卑屈な人間なんだ、私は。