生渕さんは台所に立っていて、私には気付いていない。

それがなんだか寂しくて、私は声をかけることなく生渕さんに近付いた。



「うおっ…!」



さっき生渕さんにされたように、突然後ろから抱きつくと、そんな声とともに驚かれた。



「陽萌?」

「甘えたくなったんです、なんか。」



生渕さんの背中に頬をくっつけると温かくて、なんだかほっとした。



「…ん。」



柔らかく微笑むと、そのまま生渕さんは料理に戻った。

穏やかな朝のこの時間に幸せを感じる。


私も、変わったなあ。

こんな時間が、ずっと続けばいいと思うだなんて。



それから生渕さんが作った朝ご飯を食べて、休みなのをいいことに、テレビを見ながらのんびりした。

ソファーで隣り合わせに座り、生渕さんに抱きついて甘えてみた。



「やっと、手に入れた。」

「え?」



髪を撫でる生渕さんの手が心地よくてウトウトしていた頃、唐突に生渕さんが言った。



「やっと、陽萌を手に入れた。」

「生渕さん…。」

「身体の方もな。」

「なっ…!」



頬を赤らめた私を笑うと、生渕さんは私を優しく抱き締めた。



「結構長かったんだからな、片想い。」

「う、嘘…!」



驚いて顔を上げると、生渕さんは意地悪く笑った。



「ま、いつからとか教えてやんないけどな。」

「教えてくださいよ!」

「陽萌が敬語と“生渕さん”って呼び方卒業したらな。」

「……狡い。」



どうやら、生渕さんの恋のお話をじっくり聞けるのは、当分先になりそうです。