幾ら鍵盤に指を走らせても気分が晴れない。

私は学院が終わると、こうして自分の感情を持て余しては
学院に許可を取って持ち込んだ私の相棒に触れる。


「クソっ!!」



鍵盤を滑らす指を止めて、感情的に鍵盤に
指を振り落とすように叩きつける。

防音が完備された『palais』の一室に不協和音が響き渡る。


私の相棒、ベヒシュタインのグランドピアノの上には
幼等部のオリエンテーションの時に初めて撮影した私と彩紫と紫の写真。


私たちがずっと学院生活を共に過ごせると信じて疑わなかった時代。
どんな障害も柵もなく、ただ純粋に一人の友達を友として愛せた時代。


そんな時代が長く続くと思っていたバカな私。



それでも……まだ紫が総代で居る限りはアイツを近くで
感じることが出来たんだ。


総代として過ごすアイツを私は彩紫と共に支えて助けてきた。


だが今年、それすらも私は叶わなくなった。


春休みに届いた一枚のカード。


そこに記された、私の議会書記任命の通知。

そして……もう一枚、今年度の生徒総会役員が
全て記された一枚の紙。


そのトップと次点に記されていた親友の名前。


神前悧羅学院
最高総合代表:綾音 紫

神前悧羅学院
最高総合代表秘書:奈良朔 彩紫




それを見た途端……頭が真っ白になって、
思考が停止して私は自身の部屋の中で立ち尽くした。





声を殺して……泣いた……。




その紙が告げたものは、親友同士の絆も
一瞬のうちに切り裂いてしまう強制指令。



神前悧羅学院生は最高総を神様として崇める。



その神の声を気軽に聞くこともは許されず、
私たちが気軽に声をかけることも許されない。



神は笑みを絶やすことなく、
私たち神前悧羅学院生全員を見つめ、
静かに見守り続ける。




無論、その瞬間どんなに仲が良い親友でも同級生でも
先輩でも後輩でも、学院ないのあらゆる生徒が
最高総の名前を気軽に呼ぶことは出来なくなる。


ましてや……今まで通りの他愛のない会話や雑談なども
出来るはずがない。




神前の長い歴史の中で築かれたルール。




この学院には将来ある若者たちが集う。



そのなかで学生たちは、
これから羽ばたく社会と言うものを学び切磋琢磨していくことを
基盤にして作られた規則らしいが、その規則はこうしてもう一つの悲しみを招く。



だが私は学院の規則を裏切ることなど出来ない。
私自身も、この学院の生徒であることはかえられない。


だから春休みの間、考え抜いて決めた。


神前悧羅学院生であるからには、
私も学院の規則を破るわけには行かない。