あれは…確か、「年中」と呼ばれる年齢の頃。
 その日に限って仕事が遅くなった母親の迎えを、そうとは知らずに待っていた。
 先生に何度「教室で待ってようね」と声をかけられても、頑として首を縦には振らなかった。
 ずっと…ずっと、運動場のまん中で、ぽつんと一人、座りこんで待っていた。
 そのうち先生が根負けして、「寒くなったら入ってきてね」と言い、建物の中へ引っこんでいった。
 やがて地面に、ポツリ、ポツリと丸いシミができ始めたかと思うと、すぐにそれは重なり合い、その範囲を広げ、いつの間にか水たまりまでできてしまうような大雨となった。
 それでも、幼い日の自分は、運動場のまん中から動こうとはしなかった。
 母親を、待っていた。
 いつまでも、いつまでも。
 ただ、砂の上にぺたんと座りこんで、黒い雨雲を見つめて、半開きの口に雨粒が入って着ても、意に介さず。
 ―――――そのあとのことは、よく覚えていない。
 運動場に園児が残っていることを忘れてしまっていた先生たちと、迎えが遅くなった母親が、互いににぺこぺこと頭を下げあっている様子も、うすぼんやりとした記憶でしかない。
 寂しいとも空しいとも哀しいとも、感じなかった。
 ひたすらに、迎えを待ち、目の前のものを見つめるだけだった。
 自ら動こうとはせずに。
 ただ―――――ただ、幼稚園から帰る途中、山の向こうに架かった虹の色だけは、鮮やかに憶えている。