リハーサルをすませ、

そのまま、体があたたまった状態で、近くのライブハウスに移動する。

サミーも、ライブを録音するために同行する。

そこの店自体は、ダブルケイより少しだけ、広かった。

入っているお客の多さは、ダブルケイの倍はいる。

ぎゅうぎゅう詰めになりながらも、騒いでいた。

しかも、ほとんどが黒人だ。

サミーが、明日香に耳打ちする。

「ここはまだ、上品な方だ」

ジャズという骨董品を、

嬉しがる若い黒人はいない。

耳がこえた…ある程度、年配の人ばかりだ。

狭いステージでは、ピアノトリオが演奏していた。

しかし、誰もステージ上には見向きもせず、おしゃべりに夢中だ。

「ヒップな演奏なら聴く。よくなければ、聴かない…。ただそれだけだ」

サミーの言葉に、明日香は息を飲む。

「次いくぞ」

啓介の言葉に、一同に緊張が走る。

ステージで、ピアノトリオの演奏が終わる。

拍手もない。

ステージを、見ることさえしない。

金を払って…飲んでいるのだ。つまらない音楽に、拍手をする義務はない。

金を返せと言われないだけ、ましな方だ。

観客をかき分け、明日香達はステージに向かう。

珍しい日本人の珍客に、ちらっと見、鼻で笑う客もいた。


一発録り。

失敗は、許されない。

明日香は、大きく深呼吸すると、

トランペットを握り締め、ステージに上がる。


足をしっかりと、ステージに固定し、

ペットの先を客席に向け、オープンで吹く。

まるで、吹き間違ったようなフレーズに、観客がステージを見た瞬間、

明日香は、静かにブルースを奏でる。

爆音から、静かなブルースへ。

観客の反応に合わせて、

啓介のサックスが、店内に轟いた。