「言葉はわからんが…気持ちは伝わったよ」

「おばあちゃんは、歌手だったんだよ!むちゃくちゃうまいんだよ」

老婆は、子供を愛しそうに見つめ、

「昔の話じゃよ」

老婆は、和美を見た。

「この世界は…神が罰として、いろんな言葉を作り、他の国の人達と壁をつくったという…わしにはわからんが…」

老婆は、和美の食べ終わった皿を下げにいく。

「歌手という存在は…その壁を、壊すものかもしれんのう」

老婆は、子供に寝るように促した。

「わしも嘗ては、ジャズを歌っていた。あれは…アメリカに連れて行かれた者達が、世界中に伝えた言葉じゃな…」

ジャズ…。黒人が本音や不満を語るブルースが、白人にとって、悪魔の音楽と言われたなら、

戦中の華やかなダンスミュージックから、ビーバップへと移行した言葉なき、音楽は、
黒人が発した…言葉では伝えられなかったメッセージである。


「あんたが、本物の歌手なら…何かを伝える為に、存在しているのかもしれん」

老婆は、部屋の隅にあるタンスの上に飾ってある、

一枚のLPを手に取った。

「わしの生まれは、デトロイト…アメリカじゃよ」

LPには、多くの黒人が写っていた。

楽団だ。

「アメリカから、この国に渡り、熱烈な歓迎を受けた…わし達の音楽は、芸術と評価され、初めて尊敬された…」

老婆は、LPをタンスの上に戻すと、

「だから…わしらは、ここに残った。アメリカに戻らずにな」

和美は、話にはきいていた。

多くのジャズマンが、フランスに遠征で来て、

アメリカに帰らずに、残ったこと。

アメリカは単なる大衆音楽として、差別されていたジャズは、ヨーロッパにて評価された。

あの有名なブルーノートレベールの創設者も、ドイツからの亡命者だ。


「しかし…」

老婆は、星空を見た。