黄昏に香る音色

「ごめんなさい…」

和美は、携帯に出た。

「はい………啓介!?」

電話の相手は、啓介だった。

(啓介さんは…、和美さんの携帯を知ってるだ…)

どうしてか、明日香はそんなことが、気になった。



「店には、行ったんだけど…明日香ちゃんに、会っちゃって…。今、どこって…?」

和美は、グラスを口に運び、妖しい笑みを口元に浮かべた。

「気になるの?」

そして、クスッと笑うと、

一口飲み、

明日香を見た。

思わず、視線を外す明日香。

「チーフところよ」

和美は、明日香を見つめながら、

グラスを置いた。

すると、

「あらあ…切られたわ」

啓介が、電話を切ったらしい。

和美は、肩をすくめた。


しばらく…無言で、時が過ぎる。

「なんだったけ?ああ、そうね!あのCMね」

和美は一瞬、夜景を見る。

いや、ガラスに映る和美自身を。

「大したことないわ。ワンテイクで終わったし…今度、あたしの本気を、教えてあげるわ」

和美は、グラスに口をつける。そして、ゆっくりと顔を、明日香に向けた。

「次は、あたしの番ね。あなたが歌う理由は、啓介から聞いたわ。歌が好きだから、はじめた訳じゃないって。誰、も目標にしてないの?」

和美の質問に、明日香は即答した。

「目標はいます。恵子ママのように歌いたいです!それに…安藤理恵さんみたい…!!」


突然、和美はグラスを、音を立てて、テーブルに置いた。

その音の強さに、明日香は言葉を飲み込んだ。

明らかに、和美の表情が変わった。

「安藤理恵ですって!あんな女の名前!あたしの前で、出さないでちょうだい!」

あまりの剣幕に、驚く明日香。

「あんな女!歌手でも、なんでもないわ。単なる男好きのアバズレよ!」

まくし立てる和美。

「自殺したから、神格化されてるけど、大したことないわ!」



「誰のことだ?」


明日香と和美の横に立った人物の影が、テーブルを暗くした。

その人物は、啓介だった。