1曲目が終わり、常連の暖かい拍手の中、

ピアノに導かれるように、静かに明日香は、歌い出す。

曲は、マイファニーヴァレンタイン。


明日香のまっすぐで、何のテクニックも使わない声が、

聴く者の心に、すんまりと入ってくる。

恵子はわかっていた。

明日香の歌い方が、日本人にはあまりいないことを。

演歌のこぶし、

若い子のR&B被れ…いやゴスペル被れのあまりにも、大袈裟な歌い方、ロックの叫び。

すべてが、自分に合った歌い方や声質など考えず、

ただの物真似で、終わっている。

音楽の売上げが、全世界でアメリカに次ぐ第2位。

しかし、

世界で活躍する歌手を生み出せないのは、技術ではなく、

あまりにも、オリジナルでないから。

音楽に縁がなく、歌から入ったわけでなく、

健司の優しい音色に惹かれ…歌手になった明日香を、大切にしたかった。

恵子は、自分とはまったくちがう歌手に、育つ明日香を楽しみにしていた。

ただこわいのは愛。

恵子も健司を失い、歌えなくなった。

最初の恋は、すぐに終わり、明日香に切なさを教え、音楽をやっていくことを決意させた。

次こそ…

明日香にとって本物になるはず。

恵子は、幸せを願った。