黄昏に香る音色

「かつて…マイルス・ディビスは、新しく入った若いメンバーに、こう言ったらしいわ…」

恵子は、タバコを取り出し、火をつけた。

「お客さんの前で、練習したらいいと」

「お客さんの前で!?」

恵子は頷き、

「それだと、リハーサルする必要もないし…スタジオ代もかからないって…」

恵子はクスクス笑い、

「それは、冗談として…。確かに、人前でいきなり…新曲とかを、合わせていたらしいわ。それによって、バンドのメンバーは、緊張感を保ち…お客さんは、新鮮な演奏を聴ける」

里美は黙って、聞いている。

恵子はタバコを吹かし、

「音楽を、上手くなりたいなら…スタジオとかにこもるのではなくて、できるだけ人前で、演奏することよ」

恵子は、里美にウィンクすると、

「武田くん!ドラム変わってちょうだい」

演奏中でありながらも、恵子の声は伸びやかで、

ステージ上にも響いた。

演奏が止まる。

「いってらっしゃい。里美ちゃん」

「うん!」

里美は勢いよく、カウンターから立ち上がると、

ステージへ走っていく。

そんな里美の背中を、

恵子は嬉しそうに、見つめていた。



でも、ステージ上で、明日香と目が合うと、二人はフンと顔を背け合う。 


だけど…演奏が始まると、

不思議と合っていた。

恵子は、カウンター内からクスッと笑った。