「…いや」

グラスを転がすのをやめ、啓介は…一口飲んだ

和美は、視線を窓に移し、呟くように言った。


「期待外れだったわ…」

和美の言葉に、

啓介は驚かない。

解りきったこと…。

「歌も…演奏も、素人とレベル」

「だな…」

啓介は、また一口飲んだ。


和美は不満げに、啓介を見た。

視線を感じ、

「仕方ないだろ。はじめて、半年ぐらいなんだから」

「それなのに、なぜ恐れないの?」

和美は、グラスを見つめ、

「あたしは、こわいわ。歌うことは…好きよ。でも、あたしは…人前で歌うときは、いつもこわいわ」

和美は立ち上がり、啓介に服を見せた。

「赤い服。あたしのイメージ…目立つ服装で、あたしはいつもいる。みんなの視線を浴びる為に…そうしないと、あたしは逃げ出す」

啓介は、和美を見ずに、

「座れよ。みんな見てる」

「言ったでしょ。目立ちたいと」

フンと鼻を鳴らすと、和美は座り、一気にグラスの中身を飲み干した。

また同じものを、注文した。

「なのに、あの子は…何?若い子で歌ってる子は、何人も知ってるけど…歌が好きなだけ!それだけの子ばかり!下手くそでも、お構い無し!プライドがないのよ!」

和美は、顔をしかめた。

啓介は、それに関しては、否定も肯定もしない。

ただ…ゆっくりとグラスを置くと、和美を見て、

「優しさを知りたい…。歌に、寄り添うおやじの音が、知りたかったらしい」

「優しさ…?」

和美は、眉を潜めた。

啓介は頷き、

「あの子は、歌が好きから、始めたんじゃないのさ」

「優しさって…甘いわ」

和美は、ガラスに映る自分を睨む。


「俺達よりは、ましだろ」

啓介の言葉に、和美は振り向いた。そして、啓介を軽く睨む。

「それが、あたしと組まない理由なの?」