黄昏に香る音色

「ママ…」

啓介は、カウンターにグラスを置いた。

「俺を生んだお袋は…天才だった。音楽も、あの人を愛した…でも、あの人は、音楽を愛さずに、自分の才能と…歌うことに絶望して、死んだ」

啓介は、明日香の歌声を聴きながら、

グラスを見つめた。

「俺を育てた、あなたは…音楽を愛したが…」

啓介の言葉の後を、

恵子は続けた。

「愛する人をなくして…歌えなくなった。いいのよ。あたしは、音楽に愛されなかった。でも…」

恵子はカウンターから、ステージ上を見、

「あの子はまっすぐで、素直」

明日香の歌は、決してまだ、うまくはない。

でも、

まっすぐで、心地よい歌声。

恵子と啓介は、自然に微笑んだ。

「音楽をやるやつには、いろいろいる。もてたいやつ、格好つけたいやつ、有名になりたいやつ…自分が楽しければ、いいやつ。天才だと、勘違いしてるやつ。そして、俺みたいに何かを…親をこえたいやつ!」

「あの子は…あたしに、なりたいんでしょうね」

恵子は、クスッと笑う。

明日香の歌が、終わった。

「仕方ないわね」

恵子は、カウンターをでて、ステージに向う。

ゆっくりと、ステージに上がら、歌い終わった明日香の頭を撫で、

そっと、抱き締めた。