黄昏に香る音色

「今日は、お昼までだから、来ないと思ってたわ。泣き虫さん」

七時は、まわっていたけど、

恵子は、突然ドアを開けた明日香に、いつものように、コーヒーをいれてくれた。

「今日は、おめかししてるじゃない」

いつもと違い、私服に着替えた明日香に、恵子は微笑んだ。

明日香は一旦、家に帰り、

今できる最高に、おしゃれな格好をしていた。

「ママ!あたし、歌いたいの!本当は、ママのように!トランペットを、吹きたかったのは…やさしさを知りたかったから。トランペットは、口づけの優しさ…愛する人への。あたしには、まだ…そんな風に吹けないけど…歌いたいの!ただ、ママのように歌いたいの」

恵子は、目を見張り、

やがて、

優しく微笑んだ。

「じゃあ。何か歌えるのかい?」

カウンターに座っていた啓介が、グラスを傾けながら、きいた。

「あれなら、歌えるわ!マイフーリッシュハート」

明日香は、ステージに向って、歩く。

お客さんがいるテーブル席を、すり抜け、

演奏が終わった、一瞬の隙に、

ステージに上がった明日香は、一言。

「マイフーリッシュハート」

阿部は驚いたが、

すぐに苦笑し、原田達と、アイコンタクトを取った。

明日香は、静かに切なく、

でも、

力強く、歌い始めた。