少なくとも、タカハシさんにつかまるわけにはいかない。
私がこれ以上、
遼平君の足を引っ張るようなことになるのだけは嫌だ。
だったら上へ、逃げるしかない。
今のうちに少しでも距離を取りたくて、
立ち上がって進もうとして、
やっぱり足が立たなくて階段に倒れ込み、
思いっきり顔を打ち付けた。
「った・・・・・・」
あまりの痛さに涙ぐんで、
自分の間抜けさに泣いてる場合じゃない、とまた這い進む。
『可哀相に』
それなら、甘えていいですか。
どんな勝手も許してくれますか。
不幸を集めて「可哀相な人」でいれば、
何をしても許してくれますか?
梶君に母をとられて、
父に見捨てられて、
勝手に将来を決められて、
それでもじっとされるがままで、
自分の不幸を引き換えにして、
そうまでして、―――私はなにをしたいんだろう?
「・・・こういう時、遼平君に会いたくなっちゃうな・・・」
ああ、そうか。
あまえたいだけなんだ。
わがままを言って、ぐずって、泣いたら、
そうしたら、小さい子にするみたいにあまやかして欲しい。
ぎゅーっと抱きしめて、
よしよし、って頭をなでて、
こわかったね、がんばったね、ってなだめて欲しい。
口をとがらせてだだをこねたら、わかってるよって言って欲しい。
ほんとうに、ただそれだけなんだ。
だったら私、そんなのとっくに必要ない。
ずっと欲しかったけど、
本音を言えば、今でもやっぱり欲しくなっちゃうけど、
そんなものがなくても、立っていられる。
差し伸べてくれる手をただ待つだけじゃなくて、
他にできることがあるのを、知ってる。
私はもう、小さな子供じゃない。
大丈夫だよ、遼平君。
大丈夫だから――
次のフロアも、部屋には表札がなかった。
どうにか片足で立ち上がって、チャイムを鳴らしてみたけれど
手ごたえがない。
たったそれだけで力尽きて、
荒い息を吐きながらズルズルとドアに背を預けてしゃがみ込む。


