「・・・はあっ、・・・はあっ」
昼間でも薄暗い入口を入って、
冷たい手すりに体を預けるようにしながら、
底冷えのするコンクリートの階段を上る。
自分が吐く息の音が大きく聞こえて、
それが時々、近くなったり遠くなったりする。
おぼつかない足取りで、どうにか階段を上り切ると、
目の前の部屋のチャイムを押した。
手ごたえが感じられなくて、繰り返し何度も押す。
留守だろうか、隣の家に・・・
諦めかけて視線を外すと、
ガチャっとドアが開いた気がした。
慌てて「助けてください」と言おうとして、言葉を失う。
「・・・うるさいなあ。
あんた私の気に障ることばっかり言って、何がしたいの?」
母が、琴子を叱りつけていた。
そんな訳ない。
目の前が暗くなって、振り払うように頭を振る。
強くなった頭痛と眩暈に、思わずよろめく。
「・・・っ」
足元が抜け落ちる感覚に、
気づいたときには、
階段を踏み外して転がり落ちていた。
あの頃はしょっちゅう、風邪を引いて熱を出していた。
頭痛も吐き気もほとんど慣れっこになっていたけれど、
二人の大きな声は、余計に頭が痛くなった。
「だめよ、絶対にだめ!琴子は私と一緒にいるの!」
「だけどあなた、自分が琴子に何をしてるかわかってないのか。
このままじゃ琴子が可哀相だ」
「可哀相ってなによ!
このままどこにも行けないのは、みんな一緒じゃない!」
「可哀相に」と梶君が呟く。
しんどくて、目だけでわかってるよ、と梶君を見返した。
梶君は、私さえいなければうまくいくと思ってる。
だけど母は、うまくいかなかった時に
一人で怒られるのが怖いんだと思う。
うまくいくなら、怒られる心配なんてしなくていいのに。


