「琴子!!」

眠くてもうろうとする中、
やっと来たのは母親で、
その後ろにはやっぱり梶君がいて、
「この意地っ張り!一緒に行くの!琴子は私とずーっと一緒にいるんだから!」
母に抱きしめられて、それから梶君に抱えあげられて、車に乗り込んだ。

一緒に後部座席に座って寝かしつけようとする母に抵抗したけれど、
運転席から梶君が振り返る。

「頼むよ、琴子。琴子がいないなら唄子さん、一緒に行かないって。

琴子さえいれば、唄子さんは俺と一緒にいてくれるんだ」



――忘れたことなんて一度もない。

記憶はいつだってここにあって、私の現実の邪魔をする――



車が停まった。
じっと横になっていると、エンジンが切られ、振動が止む。

すぐにでも飛び出したいのをどうにか堪え
息を殺して様子をうかがっていると、
タカハシさんが運転席から身を乗り出して振り返った。

「ほんとに具合悪そうだね。
・・・おーい、酔った?」

静かになった車内で、
タカハシさんは暫く考え込んだ後、
小さくドアを開けた。

「ここで待ってて」

すぐ戻るよ。と無表情でいい残すと、
振り返らずに車から出て行った。

静寂が戻る。

眩暈を無視して体を起こすと、
窓から辺りを見回した。

目の前は、
いくつも棟が立ち並んだ、大きな団地だった。

全くひと気がなく、寂しい。

タカハシさんの姿が遠くにあるのを確認しながら、
そっとドアを開けると、這い出すようにして車から出た。

音で気づかれないよう、完全にはドアを閉めない。

車の陰で、アスファルトに手をついてしゃがみ込み、
大きく息を吸って吐く。

ここにいちゃいけない。

逃げなくては。


くくられた手はそのまま、
立ち上がって近くの建物に向かう。

どこか、見つからない所で助けを呼ぼうと思った。