人影が、私の正面で立ち止まった。

「あれー?イト子ちゃん。ぐうぜんーなんて」

声の明るさが煩わしくて、表情を作る余裕もなく
額を押さえたまま、ゆっくり顔を上げた。

「・・・タカハシさん」

「なに、具合悪いの?
送ってってあげようか。」

チャリ、と顔の前で広げた手のひらで
キーホルダーが揺れる。

その向こうに、車が止まっているのが見えた。

「いえ、大丈夫です、もう治まって・・・」

さすがに断って立ち上がった瞬間、

みぞおちに衝撃が来た。

反射的に前かがみになると、両脇を抱えあげられた。

息ができない苦しさと、鈍い痛みに押し潰される。

とっさに何が起きたのかわからなかったけれど、
殴られたのだとわかっても、
息を継ぐことに精いっぱいで、考えることができない。

タカハシさんは具合の悪い人を介抱するように、
私を引きずって車の後部座席に押し込んだ。


「ごめんね、俺、喧嘩とかしたことないから加減がわかんなくてさ。」

そう言って、粘着テープで私の両手をひとくくりにする。
口は、少し考えてやめる。

「吐きたかったらそこで吐いて。ゲロ詰まらせて死なれちゃ困るし。」

ちょっと借りるね、と言いながら
コートのポケットを探り、携帯電話を奪う。

鞄は、ベンチに置いたままだ。


「ど、こへ・・・っ」

「遼平に会いに行くんだよ。会いたいだろ?」

居場所を知っているのだろうか

転がされたまま、シートの間をまたぐタカハシさんを目で追いかけると、
タカハシさんは運転席から私の携帯を手にして振り返った。