だけど次の瞬間、ほんのまばたきの間に、
それは初めからなかったかのように彼の瞳から消え去って、

ごく無機質な、さめた空気がそこに残った。

見つめ返す私の視線をかわすように、
どこか遠くへ乾いた目を向ける。

彼の手が離れ、貝殻を持った手を下ろす。


私だけがさっきまでの余韻を引きずって、

辺りは再び、行きかう人のざわめきに埋め尽くされる。


「簡単だなあ。」


ぼそりと、彼が呟いた。


雑踏にまぎれて何か聞き違えたのかと、

顔を上げて見つめながら、
彼の次の言葉を待つ。

「よかったなあ、琴子ちゃん。」


ゆっくりと振り向いたその人は、

そう言って、蔑むように微笑んだ。


私を冷たく見下ろして笑う、

楽しそうな声とは裏腹に。


「これで大分、安心した?こんな、つまらないことで。」

のぞきこんだ瞳の中に、
ちらちらとよぎる苛立ちを見つけて、

私は、


思わずあとずさった。


彼の目に映る私の顔に
怯えが広がっていくのを、
まのあたりにしながら止められない。

震える手で貝殻を握り締めてみても、
固い感触は、ただつめたかった。

遼平君が一歩、こちらに足を踏み出す。

「だめだよ、わからない?」

私は怯えを隠すのも忘れて、あからさまにあとずさる。

「・・・ごめんなさ・・・」


うわずった声で
振り絞るようにして呟くと、

じっと私を見つめていた遼平君が、目をそらした。


雑音まじりの館内放送が繰り返し流れて、

にぎやかに通り過ぎる人たちがみな、
これから始まるショーの会場へ向かうのだとわかる。

はりつめた空気が散って安堵するよりも先に、

よそよそしい気配に、
置き去りにされた気分を再び味わう。



「・・・帰ろうか。」


そう言って彼が、私から視線を外したまま
背を向けて歩き出したので、

私は、自分から離してしまった手を

もう一度つないで、とは、

言えなかった。