部屋中に鳴り響くアラーム。

目覚ましと言えど、煩くて堪らない。

私は布団にくるまったまま、芋虫のようにもぞもぞと動き、アラームを止める。

午前6時。

嗚呼、さっきまではなんと幸せな時間だったのだろうか。

布団が愛おしい。

しかし、二度寝をすれば初登校早々遅刻するハメになる。

それは嫌だ。

ベッドから起き上がり、支度を始める。


私、桜井花蓮(さくらいかれん)は今日から花崎中に行くことになる、中学二年生だ。

親の仕事の都合で引っ越し、花崎中に転校することになったのだ。

今日はその初の登校日なのだ。

ミディアムの茶髪の髪を二つに結い、鏡を見る。

鏡には少しにやけ顔の自分が写っていて、「キモっ」と言ってしまいたくなる。


今日から新しい学校生活が始まるんだ。
期待に胸が膨らむ。




「わあ……」

花崎中学校は綺麗な新しい校舎に、広い校庭があり、その校庭のいたるところに美しく花々が咲き誇っていた。

更にテンションがあがり、ウキウキしながら校門を通り過ぎる。






私は職員室で挨拶を済ませ、入ることになった2年5組に向かっていた。

廊下も比較的綺麗で掃除を真面目にやっていることがよくわかる。


友達……、できるかな。
好きな人とか、できるかな?


これからの楽しい学校生活を思い浮かべてニコニコしながら、廊下を歩いていた。




「…?」



何か違和感を覚える。

何か……、何か、不思議な感覚。

ぶわっ、と風が吹く。

校内なのにどうして風が?

窓が開いているのかと思い、辺りを見回そうとした時―――…


「ねぇ」


声が聞こえた。
小さく、静かな少女の声。

振り向くと、短い髪の少女が立っていた。

この学校の制服を着ていて、長い前髪から覗く瞳は深く…、吸い込まれそうな闇をまとっているようだった。


「誰――?」

「あの教室に行くの?」

あの教室……?
2年5組のこと?

「え…」

「ダメ。行ってはダメ」

「はっ…」

「行っちゃダメ。ダメなの……。今すぐ逃げて」

逃げる?どういうこと?
行ってはダメ?

何…?
この子は一体何なの?

少女は私を睨むように見つめた。

「ダメ」

少女が近づいてくる。
少しずつ。

ひた…ひた…。

「ダメ」

「……や…」

「ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ………」

「嫌ぁッ!」


気がつくと少女はそこにはいなかった。

廊下に戻っていた。


「何……?」


〜・〜・〜・〜・〜・〜・

教室の中から、先生の話し声が聞こえていた。

廊下で待つよう言われた私は先生に呼ばれるまで、教室の前で待っていた。


「桜井さん、入ってください」

先生に呼ばれ、どきっとする。

「は、はい…」

緊張で胸がいっぱいになる。

教室に入ると、みんなの視線が一気に集まり、更に緊張する。

「桜井花蓮さんです」

「さ、桜井です。よろしく、お願いします…」


小さく拍手がおこり、先生の指示で席に向かう。

(あれ…?)

よく見るとこのクラス、空いている席が多い。

(欠席かな…?)


席に着く。

隣は欠席者のようで、誰も座っていなかった。






「ねぇねぇ、桜井さんってどこから来たの?」

休み時間。
転校生につきものの「質問攻め」が発生する。

ここはひとつひとつ、丁寧に返事をした。


みんなで一斉に自己紹介を始め、私の周りは女子が円を作っていた。

「よろしくね〜」

「よろしく」


一通り挨拶を終えた後、

「ねぇ」

と声が聞こえた。

教室に来る前のことを思いだし、少し吃驚してしまう。

「え?」


振り向くと短い髪の女の子がいた。



―――短い髪の、少女。



さっきいた子だった。

「!!」


でも、さっきのフインキとは違って、おとなしい女の子のようだった。


「どうしたの?」

「あ、ううん。何でもないの」

「そう?あっ、あのね、私、福田琴音っていうの……。それでね、あの…、私と、と、友達になって…くれないかな?」

少女…琴音はさっきとは違い、可愛らしいフインキだった。

「こちらこそ、よろしくね」

精一杯の笑顔で答える。

「あ、ありがとう…」

琴音は顔を綻ばせて笑った。