緊張からくるものではないそれは、確実に、相変わらず母親の陰に隠れたままこちらを見ている女の子に向けられたもの。

このうるさい心臓の音の名前を、前の幼稚園の先生から聞いて、俺は知っている。

だけど今は、早く早くと手招きする親父とお袋に急かされて、思い出す余裕もない。

そして、思い出せないまま女の子の家族の前に立った俺は、とっさにこう叫ぶ。


「僕の夢は甲子園で優勝することだ!」


手には泥だらけの野球ボール、ほっぺたには2日前に試合の真似事でついた擦り傷の勲章、頭にはお気に入りのプロチームのキャップ。

そんな俺を見て、目の前の女の子も、その両親も、もちろん俺の両親も、一瞬ぽかんと口を開けて俺を凝視した。

けれど、次の瞬間には笑い出す両親たち。


野球に夢中になっていたけれど、今までそういった“夢"を口にしたことはなかったし、俺自身もまさか言うとは思ってもみなかった。

ただ、目の前の女の子を甲子園に連れて行きたいという思いが急に芽生えて、その夢を本格的に追い始めるきっかけになったことは明白。


野球の話で急に盛り上がりだす大人たちのかたわら、俺は野球ボールを前に突き出し、ニシシと女の子に笑ってみせる。

女の子はまだ、緊張からなのか表情は固い。