俺たちのこと、忘れるなよ!と、別れの最後に友だちからもらった泥だらけの野球ボール。

それをきつく握りしめる。

すると。


「朝からお騒がせしちゃってすみません、向かいに引っ越してきた長谷部です」

「いえいえ、花森と申します。何か分からないことがあったらおっしゃってくださいね、お手伝いさせていただきます」

「ご親切にありがとうございます」


何やら外が急に騒がしくなって、窓から少し身を乗り出して様子を窺うと、なぜか手に持った木刀を恥ずかしそうに背中に隠す、花森と名乗った向かいの家のおじさん。

と、その母親の陰に隠れるようにして、今にも泣き出しそうな顔で大人たちの会話を注意深く聞いている女の子が目に入った。


顔の半分以上が隠れていてはっきりとは分からなかったけれど、色の白い肌と、それによく合う薄茶色の髪が緩やかな風にときおり揺れる。

目はおそらく、たれ目気味。

一瞬でかわいいと思った。


「稜ー、稜ー?」

「……っ、お、おー!」


その女の子に見とれていると、俺を呼ぶお袋の声が聞こえて、慌てて返事をする。

いよいよ俺も、引っ越しのあいさつらしい。

心臓うるさい。黙れ。