『で、喧嘩だったね。』
「そう。喧嘩するよ。だから、」
『わかった。俺から謝る。』
続く言葉を遮られてしまった。
「だから無理じゃない?」と言いたかったのだが。
平和主義者、流石。
『どうしても俺が譲れない場合だけ、ナオが謝って。』
「そんな!」
『譲歩してるよ。こんなに優しい男、滅多に居ない。』
呆れたような声色を言葉に乗せ、「いいよね?」と念押しの一言。
家主の威厳尊重発言は嘘だったのか。既にペースが飲まれつつある。
それは良くない。飲まれたら流されてしまうだろう。
「はい!」
『何かな、ナオくん。』
「ご飯は当番制で!」
『ごめん、ご飯は俺が作る。』
「え?」
『どうせ作れないんでしょ?』
折角の挙手が、力なく膝の上へと戻ってきた。全く彼の仰る通り。
作れないわけではなく、不得手なだけで、要するに他人より少し女子力に欠けているのだろう。
これは勿論、自負している。
「でも、」
『ナオは洗濯ね。』
「え~‥」
『じゃあ俺がナオの下着を洗濯して干すの?』
「それはちょっと‥」
『ほら。ナオは洗濯。俺は料理。はい、決まり。』
『ああ、掃除は一緒にやろう。その方が楽しいよ。』
にっこり再び。
彼の基準は楽しいか否か、らしい。
私は溜め息を吐いたが、そんなことは気にも留めずに立ち上がると、海外旅行さながらの大きなキャリーバッグを開ける。
そうだ、その荷物はどこに仕舞う。
