当たり前の日常が、あの人に出会ったことで変わったような気がする。
「かな、遅れるぞ」
「待ってよ」
お兄ちゃんが車の鍵をくるくる回しながら私を急かす。
私達は家から近い、同じ大学に通っている。
私の家族は、五年前にこの町に引っ越してきた。
きっかけは……私が強姦に遭ったこと。
そのときのことを、詳しく覚えているわけじゃない。
覚えていない私は、忘れられずにトラウマになってしまった人よりも幸せなんじゃないかと思う。
お兄ちゃんも、両親も、私に気を使うような態度を見せるけど、でも私は本当に大丈夫なの。
駐車場でお兄ちゃんと別れて、私は理学部の校舎にいた。
「かなめ」
「あ、新、おはよう」
声をかけてきたのは、大学で私に告白をしてきた金津新。今は、私の彼氏。
優しくて、私には勿体のないような人。
私のことを溺愛しているお兄ちゃんは、新の事が嫌いみたいだけど、それは仕方がない。
新もお兄ちゃんのことを知っているから、そこは譲ってくれている。本当に優しい人。
「お兄ちゃんと行き帰り一緒じゃ、新と遊べないよ」
ちょっと頬を膨らませて、文句を言う。
そんな私に、新はふうわりと笑って、
「仕方ないよ、俺だってかなめのお兄さんには殺されたくないもん」
そう言って、少しだけ照れたように、
「でも、いつかは認めてもらおうな」
「うん」
そうやってはにかむ新が好き。
私は、幸せだ。

