「おかえり」
そう聞こえた気がして辺りを見渡す
いつもと同じ部屋。
いつもと同じ景色。
「え、おばけ?怖い怖い怖い」
あ、幻聴か。いつもの妄想癖が音声だけ現れたんだな
「のあちゃん」
幻聴じゃない。
背中の向こうから聴こえる
薄い壁の向こうから愛しい声がする
「この前はごめん。泣くとは思わなかったから」
見られてたのか。いつから溢れてたのか知らないけど
向きを変える前から泣いてたのかな
「今から行っていい?」
折角止まった涙がまた流れる
「着替えるからちょっと待って。あと化粧もするから。その前にお風呂はいるから」
涙声で小さく言う
「そのまんまでいいよ」
その少し後にチャイムがなった
顔を見せないように下を向いたままドアを開けると浅井君の足が見えた
「お邪魔します」
部屋に来たのは初めてだった
なんなら男の人がこの聖域にはいる事すら初めてだ
「片付けなくても綺麗じゃん。ほい、お土産。」
コンビニの袋を顔の横に上げる
それを見上げると薄っすらビールが透けて見えた
「ありがと」
少し笑って見せると浅井君もちょっと笑った
「なんだ。笑えるんじゃん」
低いテーブルの前にクッションを置いて座るように促すと浅井君はそのクッションを抱えて座った
「ごめん。こないだこれ買いに行ってたんだよね」
コンビニの袋を持った逆の手が浅井君の背中から顔を出すと一枚のゲームが出て来た
いわゆるエロゲだ。
しかも既存アニメの二次創作作品だ。
まwじwかwww
正直引いた。結構引いた。
「俺さ、いつものあちゃんに偉そうなこと言ってるじゃん?だからあんま見られたくなかったっていうか…だから…」
なんか真剣に謝ってくれてるんだけどちょっとこらえられない。
「二次創作…」
堪えきれずに吹き出すと浅井君は下を向く
「やっぱ引いたよねごめん帰る。」
立ち上がった浅井君の手を取る
「待って待ってごめん。正直引いたけどそういうことじゃないんだよ」
浅井君が私の手を払って赤い顔で睨みつける
なにそれ愛しい。
「いや、嬉しいの。なんか浅井君って弱点がないんだと思ってたから。しかもそんな誰しもが絶対引くような弱点を私には教えてくれたから。嬉しいんだ。」
不貞腐れた顔でまた座ると浅井君が口を開く
「エロゲが趣味です。でも二次創作は初めて買いました。興味本位です。でもエロゲもヌクためとかじゃないです。エロゲは芸術です」
こいつやべぇ。馬鹿だ。でも大好きだ。
「それ、終わったら貸してよ」
私の一言にぱぁっと音がして浅井君の表情が明るくなる
「これね、所詮同人の二次創作だし新作なのに結構在庫余ってたから甘く見てたんだけどエロ要素はオマケ程度でストーリーが良くてね、結構傑作なんだよ。プレイしてからレビューとか探して見たんだけどベタ褒めで、イラストが原作にすげー近いから感情移入しやすいし初めて買った二次創作がこれで良かったなって感じ!これの原作見た?」
彼の熱い思いに火がついてしまった


