「……見てんなよ……」

聴こえないような小さな声で呟いた。
しかし市ヶ谷には聴こえたらしく俺を見て無言のまま席をたった。

うわ、やべぇ!

ドキドキしながら市ヶ谷に目をやると、奴は目の前にきてしゃがみ、覗き込む形で床にあぐらをかいて座った。

「……何だよ」

「君を観察してるんだ。観察より監視って言う方が正しいかな……君が警察にチクったりしない奴か見極めてるんだよ」

市ヶ谷が口元を歪ませてニヤリと笑うと寒気で鳥肌がたった。

「……言わねーよ……」

目をそらした瞬間、市ヶ谷は俺の隣に来て座った。
香水の匂いがフワッと散る。

「……山科君、お喋りでもしようか」

「何で……」

「君は朝まで起きてるつもりだろ?朝まで時間がある。僕も君をただ見てても退屈だしね……」

警戒しながら様子をうかがったが市ヶ谷は特に何の危害も加える様子はない。
冷静になって見ると市ヶ谷はひ弱そうな男だ。
俺の力で充分勝てる。
こんな細い腕の奴に素手で殺されたりはしない。
ビビる必要もないだろ。

俺は少しだけ警戒心を緩めた。
密室、無音の部屋に俺と市ヶ谷の声が響く。

「……じゃあ、借金返済の為に繰り返し他の所から借りていったの?」

「利息を払うの精一杯で……元金が減んなくて……それで」

「多重債務?バカだね」

市ヶ谷に借金のいきさつを話すと小馬鹿にされた。

「解決は5通り。1つは任意整理、2つ特定調停、3つ個人再生、4つ……自己破産。この4つは裁判所を通して」

「……わかんねーよ」


聞きなれない単語にぼやくと、市ヶ谷は挑発的な目をして俺にこう言った。

「5つ目……最後は僕が支払う」

一瞬で空気が変わったのがわかった。
話の改行地点……。
俺は息をのんで市ヶ谷に尋ねた。

「……さっきの話は本当に言ってんのかよ……」

「その代わり、君には僕と希美とを繋いでもらう……。僕の罪に目を瞑って共有してほしい」


俺に理解し辛い条件を要求する市ヶ谷は真剣な顔をしていた。
薄ら笑いもなく、その目は真っ直ぐに俺を突き刺した。

「……わかった。借金チャラなら」

俺は戸惑いながらもハッキリとそう返事した。
それから互いに沈黙した。