富士山からの脱出

車は芦ノ湖畔の街道を抜けて元箱根に向かっている。
快晴が右側に見える芦ノ湖を見つめながら、
「芦ノ湖には十分な水があるんだね」
「水位が下がったのは河口湖だけみたいだな」
「何でなんだろうね。お父さん」
「富士山からの距離が関係しているのかも」
「でも、河口湖以外の富士五湖の水位は下がってないよ」
「そうだよなぁ」

翔と快晴が答えの出ない会話をしていると千夏が、
「ちょっと車を止めて」
「どうした?」
愛車を箱根園の駐車場に止めて、
「また何かあったか?」翔が聞く。
「トイレに寄って行くね」。
「なんだよ。驚くじゃないか。芦ノ湖の"アッシー"でも見つけたかと思ったよ。」
「快晴、トイレの間にあっちの販売所でも見てこようよ」
「賛成」

三人は箱根園の裏にある名産品販売コーナーに向かって歩いた。
お店には箱根の物産と工芸品が並んでおり、快晴は物産をひと通り見たあとに工芸品をじっくりと見ている。
「お父さん、これ買うね」木彫りの小さなフクロウを手に取っている。
「なかなか良い顔をしているフクロウだ。また、コレクションが増えるな」
快晴はピンバッジとフクロウのコレクターなのだ。
自分の部屋には沢山のコレクションが並べてある。
「それじゃ、半分出してね。家族みんなのお土産だから」
「はいはい、半分だけだぞ」

フクロウを持ってレジに向かうと、そこには"富士山火山防災マップ"が置いてある。
(ハザードマップだ)翔が手に取って見ている。
そこには、噴火口が出来る場所や火砕流が発生する可能性を示す場所が書いてある。
ハザードマップによると富士山を中心に山梨県側は上九一色村、静岡県側は富士山スカイラインをのみこんで富士市まで大きな被害を受けるらしい。

「快晴、ハザードマップがあるよ。1部づつ持って行こうか」
「後で見るから僕の分も貰ってきてね」
レジでお金を払っていると千夏が戻って来て
「もう、お金を払ったの?ホテルで食べるおやつとお酒も必要なんでしょう」
「忘れてた~。地酒も買ってくれ~」翔が笑いながら千夏にお願いする。
「それじゃ、快晴はおやつ。翔はお酒を選んできて」
快晴と翔はもう一度店内を歩く羽目になった。

お店を出て三人は芦ノ湖畔に向かった。
目の前に広がる芦ノ湖の水面には青空と山々が映り、とても穏やかな雰囲気だ。
早くもお菓子を食べながら「この湖はずっとこのままなのかな」快晴が言う。
「きっとそうだよ。地震や異常なんて地球にとっては小さいことだからね」
ハザードマップを見つめながら翔が答える。
(きっと何も起こらないさ。富士山は日本の宝だから)
自分に言い聞かせるように呟いてから「さぁ、日本一の富士山をバックに記念写真を撮ろう」
写真に写った三人の笑顔は富士山にも負けない美しさがあった。
「さぁホテルでゆっくりと休むぞ」
三人は愛車に向かって歩き始めた。



芦ノ湖畔にあるホテルの駐車場に愛車を止めてホテルの入口へと進む。
「お世話になります。東京から来た矢橋です」
「いらっしゃいませ。こちらにご記入をお願いします」
宿帳に住所と名前を記入して受付に渡した。
「夕食の時間は何時にしますか?」
「早めが良いなぁ。6時でも大丈夫ですか?」
「分かりました。6時にお部屋までご用意します。お部屋は827号室です」

鍵を受け取っり後ろへ振り返ると快晴が誰かと話している。
「快晴、部屋に行くぞ」
「ちょっと待ってよ」
快晴がiPhoneの画面を見せながら真剣に話している。
(誰なんだろう?)
iPhoneの画面を一緒に覗き込んでいるのは30代の男性である。

翔が快晴に近づくと男性の方から挨拶をしてきた。
「初めまして、私、地質産業新聞の山下です」
差し出された名刺を受け取った。
「業界新聞ですのでご存じないでしょう」
「初めて聞く新聞ですね。快晴と何を話されていたのですか?」
「大涌谷の草木について聞かれましたので・・・」
「ミミズや魚の話しも聞きました。特にミミズには興味があるので今日見てきますよ」
「山下さんは地震に詳しいのですか?」
「私の専門は土壌なので地震は詳しくありませんが、社には専門家もいます」

翔はメールアドレスと携帯番号が入ったブログ用の名刺を渡して、
「何かあったらメールしてよろしいですか?」
「どうぞどうぞ。こちらこそミミズの話しなのですが記事にして良いですか?」
「構わないですよ。詳しくは快晴に聞いてください」
「ありがとうございます。これからキャンプ場に行きますので、帰ってきたら連絡させてください」
「温泉に入っているかもしれないのでメールでお願いします」
「分かりました。後ほどメールします」
山下は一礼してからフロントに鍵を預けて出ていった。

「快晴、部屋へ行こう」
「何号室?」
「827号室だよ」
「富士山側かな?」
「行ってみればわかるよ」
三人はエレベーターへと消えていった。