やっぱり、追及はしてこないんだな。
そのことにほっとしながらも、段々とこの場に居づらくなってくる。
これ以上この人と話したら、私の中の何かが壊れてしまいそうな気がして、恐い。
何だろうこの感覚。
初めてで、戸惑う。
「…やっぱ足んねーな」
その焦りに追い打ちをかけるような、真っ直ぐな視線が、痛い。
「……、…え…」
「飯の礼。今日のだけじゃちょっとなー…ほら、だって俺、命の恩人なわけだし」
突然訳分からないことを言いだした上に、意地悪な笑みを浮かべた黒髪様を見て、顔を強張らせてしまった。
…え、…なんですかいきなり。
さっきまで、大満足な顔されてたじゃないですか。
この一瞬で一体何があったっていうんですか。
「美月ちゃんも足りないって言ってたし、お言葉に甘えちゃおうかなー」
「すみません、さすがにここでは脱げません」
「脱がんでよろしい。つーかここじゃなかったらいいのかよ」
「…いや、だって、あの…ちょっと待ってもらっていいですか、…なんですかいきなり…」
久しぶりに、動揺を隠しきれなかった。
何が言いたいのか全然分からない。
え、何で?
さっきまで華麗にスルーしてくれていたのに、どうしてここにきてそのキャラに?
「ほら、俺命の恩人だし」
「それ今聞きました」
「お前明日もバイト?」
コロコロ変わる会話に乗り遅れそうだ。
何これ。
今何の時間?
「明日は…バイト休みですけど…」
「あー、そう」
もしかして、明日も来たかったのかな。
もしそうなら、もう一枚特別優遇券を差し上げてもいい。
彼の言う通り、命の恩人だ。
さっきのだけで足りないと言われれば、それは彼の言うことが正しいわけであって、私に逆らう権利は…
「じゃあ明日、うちに飯食いに来い」
