マリーは唇の左端を持ち上げて微笑みかけながら、菜々にビートルのキーを差し出した。


「サンキュ、菜々。
おまえはココまでだ。
一人で車に戻れるな?」


「マリーさん…」


か細く呟きながら、菜々はマリーのコートに手を伸ばした。

その瞳は不安に揺れ、涙を湛えている。
コートを握る小さな手は、小刻みに震えている。

さっきまでの、凛々しいニュータイプ菜々はどーしたの。


「…帰ってきますよ…ね?」


(…
もう…
ほんとにこのコは…)


なんでこんなに可愛いの?

今から人の命を奪いにいく死神を、そんな潤んだ目で見上げちゃってさー…

菜々から目を逸らして月を仰いだマリーは、こっそり溜め息を吐いた。

胸が、喉が、焼けつくような、やけに熱い溜め息を。

それから菜々に向き直り、キーと一緒にサングラスを小さな手に握らせた。


「預かっといて。
気に入ってっから、失くすなよ。」


菜々は手の中に収まったサングラスを見つめて…

目尻に溜まった涙を指先で拭いながら、力強く頷いた。