「東京、行ったことあるの?」
つかみどころのない渇いた声。
車内の空気が入れ替わったのが、はっきりとわかった。私は余計な事を言ってしまったらしい。
彼が私を見ている。
いや、運転席側の窓の外を見ているのかもしれない。
何も怖い訳じゃないのに、振り向くことができない。ハンドルを握ったまま、真剣に運転してるんだと装う。
運転していてよかった。今呼ばれても、振り向けないって言い訳が通用する。
『こっちを向け』なんて、彼が言うとは思えないけど。
「ないよ、行ったことない」
払いのけるようにさらっと返した言葉なのに、彼が確実に受け止められた感触。彼の頭がゆらりと動いて、助手席の窓にもたれかけていた肘が離れたのが視界の端に映る。
「行ってみたいとか、思う?」
薄っぺらな声だ。
私の返事を期待してるのとは違う。
しんとした空間、エンジン音もタイヤが路面を転がる音も耳には届かない。彼の声だけが耳に残って、離れずに漂っている。
なんだか、うっとおしい。
「べつに、行きたくない」
耳につく残響を、早く消し去ってしまいたくて答えた。彼はくすっと笑った後、大きく息を吐く。
まだ、何か言いたげに。

