願いも虚しく、おばちゃんの家に戻ったら彼がいた。
店先に自転車を停めて玄関に回ると、2階の部屋の開け放たれた窓からカーテンが揺れている。カーテンの傍には、遠く遥かへと視線を向ける彼の姿。
ぎゅっと唇を噛んだ。
「瑞香ちゃん、おかえり」
私を呼ぶ健さんの声。
気づいた彼が窓から見下ろす視線を避けるように、私は素早く振り向いた。店から出てきた健さんが、にこやかな笑顔を見せてくれる。
とりあえず安心した。
残念ながら彼はいたけど、何事もなかったとわかったから。
「おばちゃん、ただいまぁ」
「おかえり、瑞香ちゃん」
台所に立つおばちゃんの姿を確かめたら、胸がすうっと軽くなっていく。込み上げてくるのは安堵感。
「じゃあ、ワシは帰るから。また明日」
健さんが手を振りながら帰っていく。慌てて玄関に駆けつけたおばちゃんは、
「健さん、ありがとうね」
と笑顔で見送った。
「彼、もう元気なの? まだ居るの? 2階の掃除してくるね」
台所へと戻っていくおばちゃんの背に呼び掛けて、バッグを置いた。顔を上げたら、おばちゃんが何か言いたげに私を見ている。
嬉しそうでも悲しそうでもなく、どちらかというと申し訳なさそうな。とても複雑そうな顔をして。

